ポプマ舎

忘年会

大昔の

ドーパミン中毒になった若者の為に最初になんの話なのかを書くと、肋の骨を折った狂人が忘年会に来て、そいつの指示で面白い話をしないように立ち振る舞うという話だ。

もし時間が大切で今すぐに手っ取り早く快感が欲しいなら、今すぐこのページを閉じてインスタでもYouTubeでもいいからショート動画を開いて、際どい服を着た巨乳のダンス動画を見ればいい。

「こんなつまらない飲み会抜け出さない?」

この言葉に対して、顔面の造形と喫煙者であるという事のギャップで売っている、とあるYouTuberが

「そう判断を下しているお前もそのつまらない飲み会の構成要員だということを忘れるな。」

と意見を述べていた。

俺は基本的にこの手の自分を「ヤニかす」などとラベリングするチャンネルや人間が嫌いなのだが、この意見には酷く賛同した。

世の中には今までもこれからも他人は自分を楽しませる為に存在しているという考えを明確にではないが確かに持っている人間がいる。俺はその手の人間が嫌いだ。この手の人間は容易に人に面白いことをやってとねだるし、面白いことを提供する人間に根本的に無関心だ。

つまり?

大学の学科で開かれた忘年会に行った。自分が他の生徒からどのように思われているのかが気になったし、このままの大学生活を続けると周りにいる似たような浪人生としか関らずにキャンパスライフが終わるのではないかという恐怖が根本に自分にはあるらしくその恐怖に駆り立てられ参加した。

大学生活が、関わる友人との摩擦によるストレスと、あるのかわからないセンスとかいう概念を追い求めるクソレースの連続で形成されている事に不快感を感じていた。

もちろん自分自身もその連鎖に加担している。

大学2年が終わろうとしていた。

闊達な学友が学科のLINEグループに、忘年会に来れる人はリアクションしてね、という旨のメッセージを投下する。

皆がなんの疑問もなく使用している信じられないほど顔色の悪い顔と手だけの生物が軒を連ねる。いつの日か、そこかしこで彼らを見たことがあったし、もっと親しみを持っていたと思ったがそれは気のせいだとも思った。

忘年会が開かれる。

忘年会は大学の最寄り駅にある沖縄料理の居酒屋で開かれた。

店内は「いかにも」という明るさに照明が調節されていて(アルコールで蒸気した顔の友人が、「もっと酒を飲め。」と俺に無数の唾を飛ばしてくる時、今までもこれからも必ず店内はこの明るさだと決まっている。)ガヤガヤという擬音をこの状況に当てはめた人間を抱きしめたくなるほどガヤガヤしていた。

店員に摩耗したマニュアル接客で一番奥の座敷に案内される。

案内された座敷にはすでに何人か集まっており二つの卓になんとなく別れて座っていた。奥の方は、このような集まりに参加するイメージのあまりない女生徒達のグループが占領していて、彼女らの方の卓になんとなく座った。

前方にはあまり喋ったことのない女性が座っていた。

何個か前の課題で、廊下で使っていた筆洗をひっくり返していた女性だ。

彼女はメニューを持ち、意味のわからないアルコールを得意げに指刺し名前を読み上げ、「これ飲む!」と友人に宣告している。

俺もベタベタのメニューを机の端から取ると、適当なページを開いた。

安い紙に印刷された、拡大縮小によって歪に変化したチキン南蛮がまず目に飛び込んできた。

左に座っていた一緒に来た友人も同じくこのチキン南蛮が視界に入ったらしく、しきりに俺にチキン南蛮を食べようと言ってきた。お前が頼んでお前が食え、と何度も言ったが、「チキン南蛮を食べよう。」としか言ってこなかった。チキン南蛮には何か別の意味が込められてるんじゃないか、こいつは何かを俺に伝えようとしているのではないかと。

「チキン南蛮をチキン南蛮を食べよう。」

友人の記号的なチキン南蛮コールを聞きながら、警察に何度もピザの注文の電話をしてくる女性が実は夫に暴力を振られていて、監視されている中で助けを求めていた。という話を思い出した。が、しかし、んなわけねぇ。と馬鹿馬鹿しくなって違うページを開いた。チキン南蛮は視界から失せ、隣の友人も諦めがついたらしく静かになり、昼下がりの公園みてぇな平穏が訪れた。

アルコールの名前の上で視線を滑らせていると、前に座ってる彼女が先程意気揚々と読み上げていたアルコールの名前を見つけた。小声でアルコールの名前を読みあげてみる。どうもイントネーションがおかしい気がする。さっきの彼女のイントネーションを思い出してみるが、そっちも間違っているように思えた。

各々が飲み物を選定し終えると、連絡を取り合っていたかのようにベストでジャスト、ファビュラスでアンビリーバボーなタイミングで店員がやってきた。やってきた彼女の前髪は工場で生産されたみたいに均一で整っていて無秩序な居酒屋の店内で唯一秩序を保っていた。見ていると何故かさっきのチキン南蛮を思いだした。

ベタついた机の端でおでこの上の秩序に見取れていると、プロダクトみたいな前髪のその店員の後ろに、遅れて来た大学の同期Sがいる事に気がついた。

身長が高く、眼球が溢れるのではないかと不安になる程いつも眼を見開いている。いつも誰かの真似みたいな、そっくりそのまま誰かのコピーみたいな服装をしている。確かにお洒落なのだが、何とも言えない違和を発していて気味が悪い。

彼と先日食堂で一緒に昼食をとっている時

「土下座っていうのはな、机とか椅子つまり西洋の様式が入ってきて生活の物理的なレベルが上がったことによって、昔よりも難易度とか屈辱度っていうのは上がってるはずなんだよな。わかるか?」

と俺が意気揚々としていたパンピアノの話題を勝手に急速に切り上げて話をはじめ、挙げ句の果てそれからの1時間半近く、土下座についての個人的見解を話してきた。

俺は渾身のパンピアノの話題を無碍にされたことに苛立ったし、何より土下座についての個人的見解という知らないジャンルの話に動揺を隠せなかった。

数十分が経過した時点で俺の相槌レパートリーはそこを尽き、「なるほど」と「うん」を適当にちょうど良さそうな場面で発した。つまらないセックスにおける喘ぎ声みたいだなと思った。

俺は何度かあえて、話の途中で視線を溢れそうな彼の眼球から外し、何かに気がついたふりをして、関係のない話を挟んだ。

「自販機にあるあのジュース、値上がりした?」「あ、〇〇さんだ。髪切ったのか?」「あそこの蛍光灯消えかけてる。」などなど。

そいつが露骨に気分を害するのを見て、少し気分が晴れた。

「お前の話にはあんまり興味が無くて、他のことに意識がいってます。そして私は相手の話を遮ってしまう自由奔放さがあり、またそれが今までの人生で許されてきました。」

を演出する。

実際土下座の話には興味はなかった。だがここまでする必要もないなと感じていた。

何度か関係のない話を無理やり挿入し、土下座の話の腰を折ってやったが彼の腰は屈強で、何度進路を変えようとしても必ず土下座線に戻ってきた。

土下座の話は日本の近代化に移り、家父長制の批判、ナショナリズム、土下座が作る建築的空間についての考察などを転々とし、最後は彼自身が考える謎の人生論に行き着いた。

ひとしきり満足した様子の彼と食堂を出ると陽は傾き、あたりには肌寒い通り風が闊歩していた。

歳をとったような倦怠感があった。

そいつが忘年会に来た。

もう少しで裏側の脳みそが見えるんじゃないかと言うほど開かれた瞼に奇跡的に収まっている眼球で二つの卓を、オーダーを取りに来たバイトの後ろからしばらくじっとりと観察していて、コピッコピッと次の顔に視線が動く度に居酒屋の猥雑な光を集めた眼球が変な音を発していた。(少なくとも俺にはその音が聞こえていた。)

後ろにいるSには気がついていないのか、整った前髪の店員が飲み物について我々に尋ねる、怒られて不貞腐れた子供みたいな接客だった。しかしそれはアルコールで気が大きくなった客に対する居酒屋の標準的な接客態度だと思っているので特に気にならなかった。

各々が事前に言う準備をした飲み物の名前を店員に告げていく。

何度か聞き返したりすんなり受け入れたりしながら幾つもの飲み物をデバイスに記録していく。

Sは誰かが「梅酒サワー。」と澱みなく発した時に我々のいる卓にヌルッと入ってきて、最後の最後に

「生で。」

と注文した。

飲み物が卓に届けられるまでの時間、興味があるわけでもないのに何度もメニューに目を通したり、興味があるわけでもないのに店内を見渡したりした。

この時の白々しいクソみたいな演技には多少の自信と、全てを見透かされているという恐怖が混在している。俺が死んだらこのシーンの切り抜きまとめ的なのを誰かに作って欲しいと思ってる。

どれだけの精度で俺が会話をせずとも気まずくはない空気、というのを作れていたのかが大変気になるからだ。

まあそんなことは置いておいて、居酒屋の雑音が無ければ耐え難い歪な空気を紛らわせようとメニューに不自然なほど何回も目を通し、店内を飽きるほど視姦し終わった頃に先ほどの店員とは違う、地毛の透ける金髪を拵えた店員が飲み物を運んできた。

俺以外の人間は居酒屋に慣れているのか、卓に置かれた似たようなアルコールの中から梅酒サワーとハイボールを正確に見抜き、それぞれが正しい注文者の元に届けられた。

金髪の店員による、往復アルコール運びが功を奏し、我々の卓には順々に飲み物が揃っていった。彼はあの金髪と大きい声で、浮かれた大学生を牽制し、血管の浮き上がった両手で、汗をかいたジョッキを移動させる事で一時間に千三百ちょっとの時給を得ている。

何に、どうしてか、はわからないが彼の勝ちだと思った。

机の上に揃ったジョッキを皆が握り締め、乾杯しようとしたところで、Sが話し出した。

「ああぁ、みんなごめんな。ちょっと話していい?話すわ。この一年間俺は何もしてこなかった。大学に遅刻してきては、中途半端に授業に出て中途半端に課題をやった。でもそれが無意味なことだとは俺は決して思わない。人間が何のために生きているのかということを考えた時、いかに無駄な時間を過ごせるのか、なんじゃないかなって俺は考えた。昼寝して、YouTube見て昼寝して。俺は今年最大限の無意味をできたと思う。みんなはどうか分からないけど、みんななりの無意味を来年は過ごしてほしいと思う。それじゃあ、かんパーーーーい。」

度肝を抜かれるほど中身がない乾杯の音頭を、耳から入れ脳で文章として理解したのを心の底から後悔した。彼は乾杯した後、硬直している周りに座ってる学友に適当にグラスをぶつけると、満足したのかグラスを空けた。

その時の至極満足した顔を俺は一生忘れられないと思う。もはや怖かった。

固まっていた皆を見て、和ませようと俺が話出そうとしたときに、Sが突然を遮って話し始めた。

「このまえさ、新宿駅の前でさ名前忘れたけどなんかのバンドがMVの撮影しててさ。たぶんそんな有名な奴らじゃないとおもうんだけどさ。おもしろくて見てたのよ。だけどさそいつらの楽器のアンプは電源に繋がっていなかったし、ドラムも寸止め、ボーカルは口パク。バンドの躍動感だけあって、音は情けないシャリシャチ、トントン、ベンベンっていう、雑音に分類される音出しててさ。それ見てたら、なんかめっちゃ腹立って来てさ。我慢できなくてドラムの奴に飛び蹴りしたんだよね。そしたら着地ミスって転んでさ、その時にベースの奴がベース俺に振り下ろして来てさ、ガチで異常だったわあいつ。」

何よりもお前が一番異常だよ。そう素直に思ったが、「知らないドラマーにキックできる奴」と、「ベースで急に知らない人の骨を折れる奴」が同じ場所に居合わせる新宿っていうのはとてつもない街なんだなと思わず感嘆してしまった。

そのあとに、なぜドラムなのかと聞いたら、座っていて俺の飛び蹴りを避けれないと思ったからと帰ってきて、「こいつは将来人を殺す。」と確信した。

俺の前に座っていた彼女は、グラスの中の気泡が水面に上昇するのを有り得ないぐらい無表情でただ見つめていた。軽はずみな行動で人生を棒に振るった人間の顔をしていた。主に小学校、中学校でこの顔をした友人を見た記憶がある。

枝豆をつまみながらSが再び喋り出す。

「んぁ、それでさ今笑うと死ぬほど肋痛いから、面白い話したやつ殺すから。」

いままでもただでさえ凍り付き、意味の分からない空気が漂っていたのだが、さらに空気が歪に濁る。

面白い話禁止?訳が分からない、忘年会だぞ?話させろよ、楽しいやつ。ふざけてる。

Sによる忘年会ジャック以降の記憶はあまりない。きっと本能的に脳から削除したに違いがない。

仮想通貨の話だったり、好きな異性のタイプ、MBTI診断、整形するならどこをするか、などなど。Sの興味のない話をしたのだけを覚えてる。

とてつもなく長く果てしない時間を過ごした。

前に座っている彼女は時間の変化とともに顔が白くなっていった。

千一夜物語に出てくる、シェヘラザードという女性は暴君の妃となるが、その暴君は女性を一夜限りで殺してしまうという大変な異常者で、生き延びるためにシェヘラザードは毎晩面白い奇想天外な話を途中までし、話の続きを聞きたがる暴君に殺されずに千一夜生き延びた。

だが、俺はつまらない話をして生き延びた。逆シェヘラザードだったわけだ。

沖縄料理専門店で逆シェヘラザードになり、アバラの折れた学友につまらない話をし続け忘年会は終わった。

俺のことを馬鹿にしたやつを殴っていないし、廊下ですれ違うときに嘲笑的に見つめてくる先輩の、夜な夜な入念に化粧水を塗り込んだ顔面に膝蹴りをしていないという面においてはクソな一年だったと言える。

俺はこの肋の折れた男は2025に相応しくないと思った。もう少し言えば2024にも相応しくはなかった、同様に2023にも相応しくなかった。

別人の様になってしまった前に座っていた女性に居酒屋を出て話しかける。

あいつを殺さないか、と提案してみたが一人になりたいと言って何処かに行ってしまった。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です